猫と人。繋がるものがたり ネコット

経営者 2023.12.25 ヒステリックなゴッドマザーBuBuの愛は今もここに…

繁殖猫との出逢い

その猫は、この世で起こっているすべてを拒絶しているかのように不機嫌な顔で私を睨みつけた。ついでに、何か不満でもぶつけてきそうなほど両目を吊り上げてカッと見開いていた。そこはお世辞にも衛生的とは言えない狭いプレハブで、私たちの突然の訪問をさも迷惑だと云わんばかりに、ケージの中に閉じ込められた小鳥やらハムスターなどの小動物たちがバタバタと騒ぎ立てるものだから、辺りがムワっと埃っぽくなる。思わずむせ返りそうになり、鼻と口を押えて、もう一度その狭い空間を見回してみる。

小動物の入ったケージは、入り口以外の四方の壁際に所狭しと積み上げられていて、その真ん中にドンと置かれたケージにその猫がいた。猫はその一匹だけだった。薄汚れた長い毛は艶が無く、いくらか抜け落ちていた。ゲッソリとやつれて優雅さこそ失っていたけど、チンチラ猫だ。

店主であろう男性が「もう役に立たないから、欲しかったら気持ちでいいよ。」と・・ 。
「役に立たない?」と首をかしげる私に「散々に繁殖させたから」・・・。

もう27年も前のこと。当時は今ほどアニマルウェルフェアについて大きく叫ばれる時代ではなかったし、まだ若かった私の認識は浅くピンとはこなかったけど、無性にこの猫をここから出さなくては!という衝動に駆られ、有りったけの所持金と引換えにその猫を連れ帰った。

先住猫 茶々丸

茶々丸は、私が20代半ばで一人暮らしを始めてまもなく、友人から飼えなくなった猫がいるので面倒を見てほしいと預けられたチンチラシルバーのオス猫。生まれた時からずっと数匹の猫や犬がいる環境で育ったので、美容師へと転職して一人暮らしを始めた私にとっては大歓迎だった。それから共に暮らすようになり、高崎へも一緒に越してきた。いつも私の傍らにいてくれた茶々丸は、とても穏やかで優しい猫だった。

帰宅した私の手元から、連れ帰ったメスのチンチラ猫は床へと降りた。毛の抜けた貧相なシッポをピンと立て、茶々丸を目にしたそのメス猫は、案の定シャーっと威嚇!背中を丸めて警戒心と怒りをまき散らしながら暴れ始めた。茶々丸にとっては、いきなり言いがかりを付けられたような迷惑行為の他ならず、しかも世間知らずのある意味臆病で物静かな彼は、もちろん反撃などするわけもなく、ただ戸惑い途方に暮れた。

心の壊れたBuBu

兎にも角にも、連れ帰って私の手を離れたその瞬間から、一度たりと寄り付かない。シャーシャーと怒り散らし、毎日怒り狂っていた彼女をBuBu(ブブ)と呼んだ。ゴハンを食べる時も、彼女は決して誰も近くに寄せ付けることはなかった。

きっと最初の繁殖期を迎えた時から、交配と出産を繰り返してきたのだろう。痩せ細っているお腹周りに並んだ乳房は萎んで垂れさがっている。良かれと連れ帰ったところに、大人しいとは云えオス猫がいるのだから、BuBuが怒りを露わにするのも無理はない。どんなに酷い扱いを受けてきたのか、人間のエゴに為す術もなく、心を壊して耐えるしか生きることのできなかった彼女をさらに追いつめているようで・・本当にゴメン。

一方、元来穏やかな茶々丸は依然として自分からBuBuに近づくことはなく、彼女との一定の距離感を常に保ち続けていた。なかなかの紳士ぶりだ。私も彼から嫌なことを一度もされたことがなかったから、きっとそれが彼のスタンスなのだろう。私たちも茶々丸に習い、BuBuに対して一切無理強いをせず、彼女のしたいようにさせてみた。

BuBuの変化

BuBuに変兆が起きたのは、半年ほど経った頃だった。相変わらずブーブーと怒っているような態度こそ同じように見えたが、取って食うほどの勢いではなくなった。カーテン越しの陽射しにまどろんでいる時には、グルグルと喉を鳴らしているではないか。あれほど警戒心を剝き出しにして、いつもうずくまって上目遣いにつり上がった目で睨みつけていたのに、ゴロンと身体を横たえて仰向けにお腹を出しているのだ。一体なにが起こっているの?

「BuBu?」と恐る恐る声をかけてみる。振り返る目からはいつもの「怒り」が消えていた。それから1カ月ほどして、少しずつ横に張り出してきたお腹周りが、BuBuの妊娠を告げていた。

大抵の動物たちは、メスの発情に誘発されて交尾が行われる。茶々丸もずっと家猫で一匹飼いだったので去勢しておらず、何ならチャンスさえあれば、この紳士的な猫の跡取りを残せたら‥という想いがなかったわけではない。安易な正義感で連れ帰ったBuBuは狂暴極まりなく、茶々丸のお嫁さんには到底なれないと諦めていたが、避妊手術どころではなかった彼女も、さすがに本能には打ち勝てなかったというわけだろう。茶々丸はうっかり彼女の誘いに乗ってしまったのだと思う・・あれほど怒りをぶつけられていても、いざという時に彼女を失望させないところが、あくまで紳士的な彼らしい。

ジェントルマン茶々丸

愛‥駄々洩れ♡BuBuの異変

やがてBuBuは出産の日を迎えた。出産中はさすがに警戒するだろう。一人で安心して産めるよう、段ボールを組み立てて「産箱」を作ると、彼女は大きなお腹を揺らしながらヨタヨタとその中へと入っていった。

数時間後、ペチャペチャと何かを舐める音がして赤ちゃんが生まれたことを悟ったが、そっとしたまま彼女にすべてを委ね、出産が完全に終わるのを待つ。夕方から一晩かけてBuBuは5匹の赤ちゃんを産んだが、1匹だけ息を吹き返すことができなかった。BuBuは息を吹き返さなかった最後の仔を、いつまでもいつまでも舐め続けていた。温めて刺激して‥生きて欲しかったのだと思う。

この出産を境に天地がひっくり返ったかの如くBuBuは一転した。毎日せっせとお乳をあげ、仔猫たちの身体を舐め、お尻を舐め・・我が子にありったけの愛情を注ぎ、健気に子育てに励んだ。仔猫を見守る顔つきの優しいこと、ずっと警戒心の塊みたいだった彼女の変化は、顔つきだけではなかった。出産後で母体の栄養を仔猫たちに与え切っているにも関わらず、毛艶もよくフサフサになった。

きっと今までの出産のときも、同じように仔猫を可愛がり、愛情を注いできたであろう。仔を産み、数週後には引き離されるという悲しい仕打ちを何度も受けてきたのだ。不衛生な環境でストレスを抱える日々、BuBuが本当のところ何歳なのかは不明だけど、チンチラ猫という血統を持つがため、無理やり妊娠・出産を強いられ、狭いケージの中で生きてきたのだ。それでも妊娠の度に彼女の奥底に潜む母性本能が呼び覚まされてきたに違いない。

しかし、狂暴で手が付けられなかったとはいえ、再び出産させることになった。利益目的ではないにしろ私も同じことを彼女にしてしまったのではないか?と深く悩むことになった。結果としては、半年ほどして仔猫が親離れをするまで、BuBuは充分すぎるほど子育てをしながら我が子に寄り添った。

BuBuとそっくりな女の子に「比菜(ひな)」と名付けて彼女の元に残し、他は知人や友人に里親となってもらった。

最後まで優しかったBuBu

私が出産のために岐阜の実家へ里帰りをする時も、その後に帰省する時も、茶々丸・BuBu・比菜はいつも一緒だった。BuBuはすっかり甘え上手になり、茶々丸や比菜と穏やかな毎日を過ごした。以来、あの狂暴さを一度も見せなかったことが私にとって何よりの救いだった。

陽だまりでフサフサした長いシッポを揺さぶりながら、ウトウトするBuBuの顔に随分な老いを感じた日の午後、彼女は私たちの前から静かに消えた。実家に帰省している時だった。家の周りも庭の中も探し回ったけど見つからず、二度と帰ってくることはなかった。彼女の命の灯の限界が、あの年老いた表情を見せていたのかな‥

実家では私が生まれた時から猫が絶えなかった。1匹いなくなると、どこからかまた1匹やってくる。命尽きる時はどこかへフッと出かけるようにしていなくなる。灯篭や庭石の影で静かに身体を横たえて息を引き取っている姿をずっと見てきた。そうしてたくさんお別れをしてきた。それが私たちへの優しさだって知ってるから‥

「死」は3度ある‥命が絶えるとき、肉体的存在がなくなったとき、遺された者たちの記憶から消えた時。私たちが亡き存在の生きた日々から何かをくみ取り、考えさせられ、勇気づけられ、心優しくなれるとしたら‥それらはまだ生きているという捉え方ができる。こうして人生に寄り添ってくれる命の存在を‥私はこれからも大切に抱き続けていきたいと思う。

執筆:吉村巳之

吉村巳之(よしむらみゆき)

ヘア & メイクアップ、着付け、ウェディング、撮影/ステージ用ヘアメイク、企業/各種コミュニティ向けイメージアップ講座、ホリスティックビューティー講座、たかさき能/狂言を観る会実行委員会、子宮頸がん予防啓発高崎美スタイルマラソン実行委員会など各分野で活動中

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