猫と人。繋がるものがたり ネコット

実験家とプロダクトデザイナー 2023.07.07 コエダ小林さんの猫とアトリエと…

その日は朝から小雨が降り続く6月の昼下がりだった。
東京のターミナル駅から10分ほどの私鉄沿線の町に下り立ち
小林優也ことコエダ小林氏のアトリエに向かった。
昔ながらの商店街は、夜になるとかなりの賑わいになるのではないかと思える美味しそうな居酒屋が軒を並べている。
程よく歩くと住宅に続く。
そろそろアトリエはこの辺だわ この道の左側にあるはずだと思いながら、気にしながら歩いていると、大きな窓のガラス越しに猫が見えた。

美しい猫だわ
アトリエは昭和の匂いを残す味わい深い建物だった。
窓越しに中をのぞくと、人の目と合った。
あっ 小林さんだわ
ここで間違いなかった。

大きな扉を開けると、小林さんと猫ちゃんがニコニコと出迎えてくれた。  
「こんにちは」
猫ちゃんも「にゃ~」(いらっしゃいという意味だと思う)とご機嫌に迎えてくれた
「今日はよろしくね」と、頭をなでると
「にゃ~」とお返事もしてくれる。
小林さんは、ホワイトシルバーのヘアでいかにもアーティストって感じの方。
一見寡黙な人に見える。デザイナーだからね。
でも人懐っこい優しい眼差しをしている。
それにしてもかなり年季の入った建物だわ。
60年以上は経っているかもしれない。昭和からあるような古いアパートの1階を改装していた。
コンクリートの打ちっぱなしのようなシンプルな内装で、小林さんの作品をさりげなく置いている。
お洒落だわ

モノを見る原点、それは少年時代の1本の木にあった

プロダクトデザイナーだと思い、お話を始めたのだが、途中からこの方は研究者だと気が付く。

彼の前にたまたま出くわした自然現象が彼の感性によって、計算されたアートのカタチに変わっていく。
『自然現象から見つけた神秘や拾い上げた美しさを独自の手法でカタチにしていく人』と、理解すればよいのだろうか…
作家でもあるけれど研究者でもあり、興味を持ったものを探検家のような心で楽しんでいるように見える。
不思議な人だわ。
そういう作品が人々の心を打ったのか… 22歳の時にミラノサローネに出品し「フォーリサローネ」で受賞している。それを皮きりに、多くの作品を輩出している。

作品の写真

ピンと張った葉から朝露が滴り落ちるような時の移ろいを、人工的に再現した装置としてのオブジェクト

赤錆と緑青によって全身を覆われた偉容な雰囲気を放つダルマ。
なにげなくそこに佇む姿に魅了され、「祈願」するダルマではなく、「共成(共に成長する)」ダルマ

種や房といった、果実の構造を模したシェイカー。振ったり転がしたりすることで、それぞれの果実ごとに個性ある音を奏でる。

作品の話をすると1点を見つめ、クールほどに真剣な眼差しで話をする。
それが突然、優しさ溢れる可愛い表情になる。

そうか、一見、コミュニケーションが苦手のように見えるけれど、彼の中にはきっと温かな原風景がしっかり焼き付いているのではないか…と、私は直観した。
子供時代の話に変えてみたら、やはりそうだった。
子供の時に近所の森へ遊びに行った時の事。
山にはたくさんの木々があるのに、1本だけ雨が降って濡れている木を見つけたという。
子供ながらその不思議に吸い寄せられるようにずっと眺めていたという。
言葉にできない潜在的な感情と静寂な時が複雑に交じり合っていた。
「なんで1本だけ濡れているのだろう…?」
その木のことを長い時間眺めながら、自然の不思議さと美しさに感動していたのだという。
それが彼の作品の原点だったのかもしれない。 自然現象の美しさを感動だけでは終わらせない。自分が納得するまで、なぜそういう現象が起きるのかをとことん研究してしまうのだ。

アトリエと80歳のおばあちゃんの出会い

そもそもこのアトリエに越してくることになったのは、ある80歳のおばあちゃんとの出会いだった。
小林さんは人と出会い、話をするのが大好きらしい。
たまたま自分に興味を持ってくれたライターさんがお母さまを紹介してくれた。
その時に〝アトリエ〟を探している事、そこを多くに人達との〝シェアスペース〟にしたいことなどを話したら、
「私がやっている店を閉めようと思っていたから、そのあとを使えば?」といってくれたのだそうだ。
それから半年かけて、その店を今のアトリエにするために、自分の手でリノベして完成させたというのです。
今では、このアトリエはシェアスペースにもなって、60人以上のデザイナーや作家や学生たちと〝もくもくマーケット〟を開催している。ここは様々な人達が集まってくる。
年齢も職業も関係ない。フリーターから社長まで様々だ。
イベントや作品展示会等を開催している。
中でも自分たちが作った〝失敗作の交換会〟をやると聞いて、驚いた。
そうか、失敗作を交換するのか…
それには色々な意味があると感じた。
失敗作だからこそお互いの作品に対する思いがあり、伝えたい言葉が気張らずに素直に出てくるのかもしれない。 失敗したからこそ誰かに聞いてみた、伝えたいってこともあるだろう…。

〝ふらん〟のこと

先ほどの猫ちゃんも紹介しなくては。
ここに集まる人達のアイドル的存在でもある。
最初のお出迎えはとてもご機嫌だったのに、途中から高いところに移動してしまい、ずっとこちらを見ている。

名前は〝ふらん〟。4年前から一緒に暮らしている。
生後1か月の時に知人から譲り受けた。

たくさん集まる仲間たちの中でも、フランはみんなのアイドルだという。
人懐っこい猫だというのだけれど、フランの様子が途中から一変した。
それが、私たちが話に夢中になっていると、姿が見えなくなった。
探していると、棚の一番奥で、こちらの様子をうかがっている。 いやに静かなのだ。

撮影のカメラをマンさんがカメラを向けると

こんなお顔になってしまう。
めったにない事だという。
声をかければかけるほど、ご機嫌が悪くなり、戦闘モードになって行く。
私たちは、その理由を考えてみた。
小林さんが言うには、数か月前にワケありの猫を預かったことがあったらしい。その猫は人に全く懐かなくて、ふらんにも攻撃し続けた。
ふらんはすっかり怯えてしまい、恐怖の数日を過ごしたことがあったらしいのだ。
そんな記憶を今回のカメラマンさんの匂いで引き出されてしまったのかもしれない。カメラマンさんは猫16匹と暮らしている。その猫の匂いにふらんは反応したのかもしれない。無条件に身を守り、さらに相手を寄せ付けまいとする攻撃体制になってしまったのだろうか。
可哀そうなことをしてしまった。
猫の気持ちはわからないけれど、私たちはそんな風に解釈して、写真を撮るのをやめることにした。

小林さんが撮影したフランちゃんの写真から

Necottoとの商品開発のこと

現在進行中のnecotto作品 爪とぎ

小林さんは言う
爪とぎのデザインを考えるとき、まず使う猫の動きを知ることが大事。平面の時・斜めの時の動き、立体的な箱の中での動き、丸まってものに寄り添う態勢を作るときだったり。
どんな時にどんな動き方をするのか…
既にこういった使う側の事を考えると、デザインにはある程度のルールがある。
その上で素材を考え、ユーザーに届けやすい価格で再現しなくてはならないことも要素としては大事だ。
あらゆるモノを計算しながら、最終的には、それがランドスケープ〝風景を作る〟ものでなければならない。
私はプロダクトデザイナーであるけれど、エンジニアから職人まで一貫してものを作るクリエイターだと自負している。
そして、そこにはいつも相棒のふらんがいてくれる。
これからもずっと一緒にいような…よろしく、ふらん。

執筆:土屋和子/写真:上村雄高/写真提供:小林優也

コエダ小林

実験家とプロダクトデザイナー

1996年兵庫県姫路市野村で大好きなプリンを食べて育つ。
神戸芸術工科大学にてインダストリアルデザインを学び、合同会社A S tudio Design にて安積 伸の元でアシスタントを3年間担当する。

現在は
東京藝術大学に所属、21B STUDIO としてチームで活動、【 実験家 】として2018年より活動、
個人プロダクトデザイン事務所運営、シェアスペース【 moku² 】運営、教員、時々バイト。 実験家 / 【 自然現象の翻訳 】をテーマに研究者のように意識深く物事に向き合いつつ、探検家のような探求心で純粋に楽しむことを目的に制作を続けている。

土屋和子

「猫と人。繋がる物語」編集長。

元月刊パリッシュ代表&編集長。62歳までは経営者。その後はフリーランスとして現在は事業プロデユース・執筆・プロモーション制作(パンフレット・HP)等を手掛ける。フリーランスの仲間たちを繋ぐサイト「ツキヒヨリ」https://tuki-hiyori.com/を運営。
都心で黒猫シャロンと暮らしている。

上村雄高

フォトグラファー。「犬も猫も家族」をテーマに撮影。

イヌとネコとヒトの写真館(東京・国立市)https://nekotoru.com/121/ を運営。

2012年より福島県の原発被災地で犬猫の撮影を続け、現地訪問は250回を超える。

写真展「Call my name 原発被災地の犬猫たち」は、国内のほか台湾と中国でも開催。

2023年、中国で著書「呼唤我的名字(Call my name)」を出版。

16匹の猫と暮らしている。https://callmyname.net/

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