オペラ歌手 2023.08.07 音楽と天と人を繋ぐ〝猫〟
ベルとの出会いは突然に
あれは2018年8月1日のこと。ちょうど主人も私も仕事を終えた後で、夕飯の支度をしている時でした。
母から「うちに猫が来たよ~」と、嬉しそうな電話がきたので、夫と二人で「見に行こうか…」と言う事になり実家に行ってみました。
玄関開けるなり「みゃー」と小さな鳴き声が聞こえるのです。
目線の先には・・・なんと小さな猫が!
まだ生まれて間もない感じです。
白い毛がふさふさした青い目をした猫です。
当時弟が働いていた会社の守衛室前に、段ボールに入れられ置かれていたそうです。
3匹いてその1匹を弟が連れて帰ってきたというのです。
私はまずそのことにも驚きました。弟が猫を連れて帰るほど、猫好きだったなんて、その時初めて知りました。
それに、夫がまさかの一目ぼれ。
ネコを見る目が、今まで見たことないくらいのハートマークになっているではないですか・・・
もちろん私も、この可愛らしい1匹の子猫に一瞬にして心を奪われてしまったのです。
理屈抜きで愛おしく可愛い存在になるのに時間なんてかかりませんでした。
もちろん母もメロメロのようでした。
特に主人のベルに対する愛情は異常に強く、以前は近くにいながらも私の実家に用事がある時しか出入りしなかったのに、ベルが来てからは、時間があれば実家に足しげく通ってベルちゃんの面倒を見ています。
それを見ている母も嬉しそうです。
こうしてある日突然にやってきたベルによって、私たち家族のそれぞれの新しい顔に気づき、お互いの関係も少しずつ変わり始めていったのです。
私の仕事はオペラ歌手
私は大学を出てから今まで、音楽の世界をまっしぐらに歩んできました。
思う存分学ばせてもらえたのは両親のおかげだし、自分の人生のその時々に、大事な人と巡り合えて、その方達が大きな影響を与えてくれたのだと今になると思えてきます。
音楽家としての基礎はイタリアのヴェルディ音楽院に4年間留学したことが大きいと思います。
イタリアでは、ミラノ・スカラ座はじめオペラ公演を何十回と見て、美術館にも足を運び、美しいものを肌で感じました。技術だけの習得ではないのですね。本物を見極める力が必要です。
その時にも、20世紀後半を代表するメゾソプラノのフィオレンツァ・コッソット先生について学べたことが、私の人生の財産となりました。
ヴェルディ音楽院の声楽科には日本人は私だけ。まわりは韓国人やロシア人が多く、なかなか自信が持てなかった時期でもありました。
卒業を控え次のステップを考えた時、もっと勉強したいと思い、東京芸大大学院に進むことにしました。
そこで今度は、日本が誇るプリマ・ドンナ林康子先生と出会えたのです。なんと贅沢な素晴らしい出会いだったことか。
そして、二期会の会員に。その間、文化庁の派遣により再びローマに1年間行きました。2015年に藤原歌劇団に移籍し現在に至っています。
出演した代表作
技術を昇華させると、降りてくる感覚と出会う
オペラ歌手として舞台に立つことは、生まれ持った才能だけを維持すればよいわけではありません。
私は歌い手として日々学び、技術を磨き続け、それは自分との長い戦いでもありました。
身体と声帯を使って表現するオペラにおいて、過酷と思えるほど、自分自身を役に追い込み、完成された作品のカタチに仕上げるために感覚を研ぎ澄ませていくのです。
ある一線のところまで技術を高めていくと、自分の中に作曲家が伝えたいものが降りてくるという感覚に出あいます。
そのためには、魂レベルで歌う身体作りが必要なのだという事もわかりました。
ベルが新たな自分を教えてくれた
ベルが私のところにやってきてから、歌う事で自分を追い込んできた私に変化が訪れました。どこかふっと肩の力が抜けてきたというか・・・。
ベルといると、日常的な攻めの思考から解き放たれて、気持ちが浄化されている事に気が付いたのです。
自分のために歌ってきたつもりの私ですが、ふっと力が抜けたら、次は本当に自分が心地よくなるために歌いたいと思うようになったのです。
それはきっと、周りの人達も巻き込んで優しくなれることではないのかと・・・・。
ベルを見ているだけで顔がほころび優しい気持ちになれるような、私の歌もそういう使命があるような気がしてきました。
その後、大病や足の手術をしたことで、「人生が変わってしまうのではないか」と一瞬不安に思う時もあったのですが、それも「リセットするべき時期」だということに自ずと気が付きました。
足の大手術後、復帰1作目
この舞台は何度も出演していた作品ですが、なぜか人生の節目にあたる作品なのです。手術後、しっかり自分の足で舞台に立てた時、私はやっぱりオペラによって生かされているのだと改めて実感しました。
同時に、私自身の人生も豊かにしていきたいと。この感覚は今までにないものでした。
私の中に自分に帰る場所を教えてくれたのはベルのような気がします。
ベルのお仕事(役割)
ベルが家族に加わってから、ベルがみんなの中心にいるようです。
理屈では説明がつかないのですが、ベルがいるだけで守られているような気がしてならないのです。
ある日、母から辛い過去を聞いたのです。この世に生まれてこれなかった弟がいたことを。
魂は37年で生まれ変わるという話を聞いたことがあります。実はこのベル、弟が成長していれば37歳になる年に、私たちのところにやってきたことがわかりました。
その輪廻転生説から言うと、ひょっとしたら、ベルは私たちを守るという使命をもって私たちのところに来てくれたような気もします。
常に私たちの存在を部屋の中にいても気にかけているようで、私と遊んでいても、弟や主人の気配を感じると、その方向に顔を向けて「今行くよ~」というような仕草をします。
母には特別寄り添わないといけないと思っているのか、母が移動する度に先導しながら歩きます。ベルにとっては母がやはり一番の存在のようです。
まったりゴロゴロする暇などないようです笑
留守がちな私たち夫婦に代わって、しっかり母を守ってくれています。
自分がこの家族の人達を繋がなければいけない、守らなければいけないと思っているように見えてなりません。
私は仕事の習性上、天から降ってくるものを受け取る特別なチカラがあるのですが、ベルも同じような使命を受けて、ここにいるのではないかと思うのです。
母と主人との関係もベルが家族にしてくれました。私たち夫婦も喧嘩をよくしますが、前世から繋がっていたような感覚があり、この世ではお互いに助け合って生きていくようにと、ベルに見守られているような気がしています。
ネコというのは不思議な生き物ですね。そこにいるだけで和やかな空気にしてくれて、みんなを繋ぐというお仕事までしてくれているのです。
ベルちゃん、これからも私たちの家族の真ん中でよろしくね。
インタビューイー:松原広美/取材・執筆:土屋和子/写真提供:松原広美
松原広美 プロフィール
東京芸術大学大学院オペラ科修了。ミラノ・ヴェルディ音楽院卒業。ロータリー、伊政府、安田生命、文化庁より助成を得て、5年間伊留学。「ジュリアス・シーザー」で二期会デビュー。ミラノ・ロゼトゥム劇場にて「カルメン」主役。その後、日生劇場、東京室内歌劇場に出演。二期会創立60周年「フィガロの結婚」出演。米国にて「第九」「かぐや姫」出演。新国立劇場にて文化庁演奏会。Kバレエ「第九」で熊川哲也と共演。藤原歌劇団では「フィガロの結婚」「ジャンニ・スキッキ」「トロヴァトーレ」、日本オペラ協会では「紅天女」「キジムナー」等出演。第1回ロシア声楽コンクール優勝。日本オペラ協会会員。藤原歌劇団団員。
土屋和子
「猫と人。繋がる物語」編集長。
元月刊パリッシュ代表&編集長。62歳までは経営者。その後はフリーランスとして現在は事業プロデユース・執筆・プロモーション制作(パンフレット・HP)等を手掛ける。フリーランスの仲間たちを繋ぐサイト「ツキヒヨリ」https://tuki-hiyori.com/を運営。
都心で黒猫シャロンと暮らしている。