猫と人。繋がるものがたり ネコット

ロックシンガー 2023.09.19 りりぃと〝うめこ〟と〝子猫たち〟

りりぃさんはリアルシンガー。
身体中の細胞から生まれる音に言葉を載せて、今の女たちの心を歌い続けています。
博多のケントス(ケントス(KENTO’S)でトップシンガーだったりりぃさん。今は東京に拠点を移し、プロシンガーとして活動を続けている。

でも今回の主役はりりぃではない。
りりぃを支えてきた猫たちのストーリーです。

ネコを愛しいと思う時・・・

朝、私が起きるまでじっと待ってくれて、起きるなり「抱っこして~」とニャ〜ニャ〜鳴く時

出かけようとすると「行かないで~」とニャ〜ニャ〜と言う時

帰えると、玄関で「待っていましたっ」て顔してる時

カリカリ音をたてて食べている後ろ姿も

チュールを舐めてるうつろな顔も、

お腹のモフモフを触って匂いを嗅いでる時も

名前を呼ぶとすっ飛んできて一緒に寝る時も

いつも いつも 可愛いくて

いつも いつも愛おしい

猫たちとの出会いは・・・

ぼろアパートに集まる猫たちの中に〝うめこ〟がいた

今も当時も変わらずボロアパートに住んでいるのだけれど、そこはベランダが無い代わりに小さな庭が付いているの。今から15年前、近所の野良猫ちゃんたちはそこを通り道にしてました。
当時同棲していた猫好きの彼と、餌付けをしているうちに、あれよあれよと集まってきて多い時は10匹くらいになってたかな。
それぞれに名前も付けていたけれど、餌を食べに来るくせに、なつかない猫たちでした。
でもその中に〝うめこ〟という名前を付けた猫だけは違っていた。

うめこのたくらみ

唯一うめこだけはやたらと人懐こい。茶トラの猫で、部屋まで上がり込んではゴロゴロ甘えてくるかわいい子でした。
そんなある日気が付きました。うめこのお腹が大きくなっている!
「赤ちゃんができたのね」
私たちはそっと観察することに。
それがいつの間にか、パッタリと来なくなってしまった。
『大丈夫かなぁ』と心配していたら、次に現れた時はもうお腹はぺっちゃんこ。
どこかであかちゃん産んだのね。
寒い冬の午後でした。うめこは部屋に上がってきて、子育ての疲れを癒すかの様に眠ってしまいました。
私もその姿に癒されてついつい眠ってしまいました。うっかり戸を閉めたまま。
しばらくして異様な臭さで目が覚めると、布団の上にうめこがやらかしてくれていました。
「あちゃ〜!!」
でも、戸を閉めて出られなくしてしまった私が悪かったのですから、
うめこを叱らずに
「あ〜ぁ、うめこ。やってくれたなぁ〜。もうこの布団は捨てなきゃだよ〜。臭〜いなぁ。でも、怒らないから赤ちゃん見せてよ〜」と話しかけました。
うめこは私の方をジッと見て話しを聞いてる様子でした。

その事を彼に話すと、
彼は「猫は言葉がわかるんだから、そんな事を簡単に言うもんじゃない。ホントに赤ちゃん連れてくるぞ」と言うのです。
私はそんな事あるわけないじゃないと聞き流していたのですが・・・

ところが、その翌日、仕事中に彼からメールがきたのです。
「ほら、言わんこっちゃない。大変な事になったぞ」と。

なんと!!うめこが産んだ子猫5匹を引き連れてうちに来てしまったのです。
やっぱりあの時うめこは私の話しを聞いていたのだわ。

言葉が通じたことが信じられませんでした。その連れて来た子猫たちはまだほんの赤ちゃん猫で、そのまま放置してしまえばカラスに襲われるに違いない
絶対に救ってあげなきゃ、助けなきゃ。


幸いにもその話をライブハウスのオーナーに話したら、街猫ボランティアをしていたこともあって、うめこの去勢費用、子猫たちのワクチン費用を支援してくれたのです。
ゲージや猫グッズも無償で譲ってくださったので、子猫たちの世話にとりかかる事ができました。

そして、まず里親探しです。5匹に名前を付け、チラシ作成やネットなど、色々とやってみたものの、そう簡単に里親は見つからずとうとう挫折してしまいました。

〝うめこの子供達〟との暮らし

5匹の名前は、アンジー・モモ・ガッツ・ジャンゴ・キャラメルです。

子猫5匹のうち、ガッツ・ジャンゴ・キャラメルはとても気性が荒くシャーシャー爪を立て引っかくので手に負えません。
しかし、アンジーとモモはとても儚くおとなしく、されるがままになる子猫です。

「あ〜、この子たちは到底野良では生きていけないな〜」と思いました。

そして、よくよく悩んだ末に、私はアンジーとモモを引き取る決意をしました。
ただ家猫として飼う以上、野良猫の次郎吉お父さん・うめこお母さん・兄妹たちと引き離さなくては。心を痛めながらも心を鬼にして引き離しを実行しました。

アンジーとモモとの生活がスタート

彼と話し合って二人で飼おうとアンジーとモモを引き取ったのですが、それから1年足らずで彼とお別れする事になりました。
彼が出て行った後アンジーとモモが残りました。その後の独りの生活は、音楽とアンジーとモモが生き甲斐になりました。
苦楽を共にして生きてきたと言うと大袈裟かもしれませんが、まさにそんな関係を築きながら暮らしてきました。

〝アンジー〟の死

私は音楽を生業にしていますが、去年の12月に初めて舞台デビューを果たしました。
私の曲が脚本のテーマになったのです。舞台の劇中で、歌唱と芝居もやる事になり、ワークショップに通い芝居の基礎を学んでいました。
そんな中、アンジーに異変が起こったのです。
9月に原因不明の病気で余命宣告をされたのです。
その時のショックは心臓の鼓動が止まるほど。皮肉にも私の人生初舞台は、人生で一番辛く悲しい試練の舞台となってしまいました。
毎日毎日泣き腫らしました。それでも舞台はやらなくてはなりません。
毎日ほとんど寝ずにアンジーの看病をしました。奇跡が起こるかもしれないと願いながら。
アンジーは「もう明日亡くなってもおかしく無い状態です」と医者に言われた後も、それから10日以上頑張りました。
苦しんでいるアンジーを見るのは死ぬほど辛く悲しかった。
それでもアンジーは「りりぃと生きたい」という気持ちを伝え続けてくれました。
最後まで頑張ってくれたアンジーでしたが、最期は私の胸の中で息を引き取りました。

11月の寒い朝、14歳でした。

私は稽古と看病とで身も心もボロボロになっていました。
残ったモモちゃんは、そのすべてを私のそばで見ていました。アンジーに遠慮してか私に甘える事も我慢していたのです。アンジーが亡くなってからそれがすごくわかります。

〝モモ〟との暮らし

モモはウェルカムキャットです。
初対面の人でもご挨拶にゴロゴロと甘えてスリスリします。猫嫌いの友人もモモの可愛いさは別格だと言ってくれます。
アンジーがいなくなってモモは驚くほど頻繁に声を出すようになって、甘えた声で私にお話ししてくれます。
私もモモに呪文のように話しかけます。
「いつも可愛いモモ、アリガトウ。長生きしてね」と。
アンジーとモモと暮らして10年位経った頃から、私の言葉や気持ちがわかるようになりました。私も同じ、以心伝心みたいね。
アンジーロスが抜けない日々ではありますが、思い出して辛く悲しい気分になった時は、モモに話しかけています。モモのぬくもりは悲しみを消してくれます。

声をあげて泣いてしまう時は、モモは必ず側に寄ってきてくれます。
アンジーに譲って14年間も生きてきたモモが愛しくてたまりません。モモとの生活の1日1日を大切にして、かわいがってあげようと思います。

モモは今年の6月に15歳になりました。

インタビューイー:吉開りりぃ/執筆:土屋和子

プロフィール

吉開りりぃ

ケントス卒業後は東京に活動拠点を定め、バンドや、ソロ・シンガーとして、都内のライヴハウスを中心に活動を行なう。

2012年ブックリッジ・レコーズより待望のデビュー・シングル「悲恋/数え歌/東京/ごはん」をリリース。

*ケントス(KENTO’S)国内屈指の歴史と店舗数を誇る、オールディーズ系の生演奏が楽しめるライヴハウス。

土屋和子

「猫と人。繋がる物語」編集長。元月刊パリッシュ代表&編集長。62歳までは経営者。その後はフリーランスとして現在は事業プロデユース・執筆・プロモーション制作(パンフレット・HP)等を手掛ける。フリーランスの仲間たちを繋ぐサイト「ツキヒヨリ」https://tuki-hiyori.com/を運営。

都心で黒猫シャロンと暮らしている。

記事の一覧へ