皮膚科・獣医師 2023.06.13 やまねと妻と僕の418日
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猫と暮らすことになって、多くの気づきと新たな感情に出会い、戸惑うことがあります。ペットがペット以上の存在になり家族の一員になっていくからです。
そんな猫が病気になった時、それも助けることができない病気だとわかった時に、あなたはどうしますか?
クリニックのドクターでもある大隅尊史先生の〝やまねちゃん〟(通称やまちゃん)は歯肉にできた腫瘤を見つけた時から、壮絶な闘病生活が始まったのです。
その記録を学術的立場から日本の獣医がん学会でも紹介されました。
大隅先生の学会で紹介された闘病記はあまりにも壮絶なため、一般人の私としては、そのまま記述するには心が壊れそうになります。
また、やまねちゃんの家族の一員としての個人的な感情と獣医師としての冷静な判断のなかで悩まれる様子はFBで赤裸々に語っていらっしゃいます。
私は、医療的な事をここで公開しようとは思いません。闘病するやまねちゃんととご家族の418日のほんの一部ですが、ここに記すことでそれぞれがそれぞれに受けとめていただき、考えていただければ幸いです。
答えなどありません。
私は今まで、もし愛する猫が病気になって、完治しないと突きつけれたら、答えは決まっていました。
「楽にしてあげてください」と。
当たり前にそう思っていたのですが、今回、やまちゃんの闘病の話しを聞いて、かなり考え方が変わりました。
やまちゃんは418日間、痛く苦しく辛い日々ばかりではなかったこと。楽しそうに暮らし甘える日々もいっぱいあったことを忘れてはならないと思いました。
私は大隅先生のお話を聞いて、選択肢は一つではないと気が付きました。環境もそれぞれ、愛情の在り方もそれぞれ、猫ちゃんの気持ち?もみんな違う中で、家族の答えがあってよいのでないかと思いました。
獣医として心の根底にあるもの
大隅先生は、島根県の小さな町のご出身です。ご親族はお医者様が多く、当然先生もいづれは医者に…と期待されていたようです。ただご本人は、敷かれた道に乗って生きる事に抵抗もあり、自分らしい生き方をしたいと模索する学生時代だったようです。
それがある日の事件で、大きく変わるのです。
クロと親父が教えてくれたこと
うち(大隅家)には飼い始めて2年くらいの猫がいました。
家族みんなが「クロちゃん」と呼び、可愛がっていましたが、特に父親のクロちゃんに対する愛情は特別のように見えました。
お酒が好きで、毎晩お酒を飲みながらクロちゃんをかまう。クロも父の周りにいつもくっついている。それが家族の夕餉の風景でした。
そんなある日、私にとっては衝撃的なことが起きました。
高校3年の時でした。学校からの帰り道、遠くの方に黒い塊が見えました。横たわっているようです。
車にはねられたんだな
その時、嫌な予感がしました。
クロちゃんかもしれない…
でも私は現実を知るのが怖くて、駆け寄ることができなかったのです。
急いで家に帰って
「クロは?」って聞くと
「いないよ。外に遊びに行ったみたいね」と母が言うのです。
ますます不安になってきて
たまたま家にいた父に
「前の道でクロ、 車にひかれたかも…」って言うか言わぬうちに、
父は飛び出していったのです。
そして…
ひかれたクロを抱いて帰ってきました。
その父の姿を見た時、
「スゲェな…自分はなんて情けないんだ
まともに受け止めることもできないなんて」
父は一晩中寄り添って泣きながらクロを撫でています。
死んだ猫を救えなかったこと、その死を父がこれほどまでに心痛み苦しんでいるのを見たとき、私は「こういう人を救わなけりゃいけない」という気持ちが突然生まれました。
その時、獣医師になる決意をしたのです。
「猫を救う」という使命はもちろんありますが、それと同じ位に、飼い主さんの心に寄り添った診療をして、少しでも安心させたい。悲しい人をサポートできる獣医を目指したいと思いました。
そして、
獣医になって2年目に〝やまね〟という保護猫と出会うのです。
やまちゃんとの出会いからお別れまでを大隅先生はFBでこのように書いています。
このFBを抜粋しながらお話しを続けていきます。
やまねと妻と僕の418日
2019年9月30日のFBから一部抜粋
ご報告です。
やまちゃんは26日のお昼に旅立ちました。
皆様には長い間たくさんの応援の言葉を頂き、ありがとうございました。
本当に、何度も元気を貰いました。
簡単に想いは書ききれませんが、、、
就職して2年目の春に保護猫のやまちゃんと出会い、ここまで9年間、私の成長は常にやまちゃんと共にありました。
やまちゃんはこの9年で私を父親のようにしてくれました。
また、子供のいない私たち夫婦にとって、私達を父と母にしてくれました。
3人家族、いつまでも続いて欲しかったですが、勝てない病気はありますし、きちんと自分で見送ってあげられることが動物の飼い主の幸せだとも感じました。
やまちゃんの投稿ができなくなることはさみしく感じますが、私たち家族の経験とやまちゃんの頑張りが他の人のためにもなることを願い、落ち着いたら何らかの形にまとめようと思ってます。
また、直接お世話になった方々には、後ほど改めてご報告させて頂きたいと思います。
ちなみに、結局最後は頭蓋骨が侵襲され、CSFが漏れていたようです。
スヤスヤ寝てる姿を見ると、安楽死は選択できませんでした。
やまちゃん、本当によく頑張ったね。
本当にありがとう。
ゆっくり休んでね。
これ書きながら空港のラウンジで号泣してしまいました(^^;
やまちゃんと暮らしたのは9年。
そのうち2年ちょっとは闘病生活でした。
2018年7月に歯肉にできたわずかな腫瘤を見つけたのが、始まりです。
「口腔扁平上皮癌」
下顎骨切除、胃瘻、永久切開そして、放射線治療等、言葉では尽くせない病状と治療に、時には獣医師として、時にはやまねの父として、思い悩むことばかりの連続。
どうしてやればいいのだ
ただ、やまねは常に「生きたい」と、私たち夫婦に甘えすがっているような気がしました。
ひと時の安らぎの中で、抱きついて、すやすや眠るやまねを見ていると、終わりにする決断はできませんでした。
闘病終盤の我が家のリビングは戦場と化しました。
一喜一憂しながら、やまねの生命力に寄り添いました。
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食べられるうちに、一緒に美味しいものを食べた。
こんな状態で、舌と下顎骨をすべて切除するなんて決断できなかった。
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保護猫で甘えん坊のやまちゃん。
2011年に鼻腔内リンパ腫になって以来、リビングのソファで一緒に寝る日々が8年続いた。
2018年10月9日 FBから
ん?まだご飯食べてたのに肩にくっついてきたなー。
と思ってたら、完全にホールドされました。笑
もう枕にして寝てやろうかな。
まだ元気に甘えるやまちゃんです。 こんな安らかな時間もあったのです。
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2019年4月
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束の間の日光浴、お日様を浴びて気持ちよそそうなやまね
2019年6月17日 FBから
ついに、腫瘍が眼下に入ったようで、右目がおかしいです。
左の顔面神経が麻痺して目が閉じにくくなりました。
さて、いよいよもう一度命と向き合う時が来たようです。
でも、1日一緒にいてわかったことは、まだ全然強く生きようとしてることです。
難しいですが、生きようとしてるうちはそれをアシストしてあげたいなと思ってます。
やまちゃんの命は1つ!しっかりと見極めてあげたいと思ってます。
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2019年7月29日 FBから
放射線治療後、奇跡的に一人で立ち上がりソファをよじ登るやまちゃん
凄いぞ! やまちゃん!軌跡としか思えない
やまちゃんは生きたいんだね
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2019年8月
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もう楽にしてあげた方が…と思っていると、
こんな風に甘えてくるやまちゃん
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そんな妻も時間がある限り、やまねの傍にいました。
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仕事が忙しかった私は、大きな治療を頑張っただけ。
妻は仕事を辞め、1年以上毎日つきっきりで看病してくれました。
2019年9月26日 大隅やまね君 永眠
やまちゃんはどんなに苦しくても一緒にいたかったのでははないかと思うのです。
私に最後の決断をさせなかった。
最後まで一緒に戦ってくれたのです。
ありがとう。 お疲れ様。 大隅やまね君
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大隅先生、奥様、お疲れ様でした
私は大隅先生のお話を聞いて、猫と暮らすことって、そんな簡単な事ではないなぁと改めて思いました。
これほど愛情と命と時間を注げるだろうか…わが子と同じです。
その行為の是非をだれが判断できるのだろうか…
今回アップした記録は、ほんの一部です。語り切れない書ききれない3人の闘いの軌跡があります。
完治できない病気になること、看護のこと、死と向き合う事、すべてを引き受けることが猫と暮らす覚悟ではないかと考えさせられました。
取材・執筆 土屋和子/写真 吉村巳之/写真提供 大隅尊史先生
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大隅尊史
皮膚科 獣医師
株式会社 動物の専門外来 代表取締役
東京動物耳科センター 新宿VST
神宮プライズ動物病院代表
皮膚科 獣医師
Mail:jinguprizeah@gmail.com
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土屋和子
「猫と人。繋がる物語」編集長。
元月刊パリッシュ代表&編集長。62歳までは経営者。その後はフリーランスとして現在は事業プロデユース・執筆・プロモーション制作(パンフレット・HP)等を手掛ける。フリーランスの仲間たちを繋ぐサイト「ツキヒヨリ」https://tuki-hiyori.com/を運営。
都心で黒猫シャロンと暮らしている。
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吉村巳之
ヘア & メイクアップ、着付け、ウェディング、撮影/ステージ用ヘアメイク、企業/各種コミュニティ向けイメージアップ講座、ホリスティックビューティー講座、たかさき能/狂言を観る会実行委員会、子宮頸がん予防啓発高崎美スタイルマラソン実行委員会など描く分野で活動中